最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)62号 判決 1959年6月02日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人鈴木重一の上告理由第一点について。
論旨は、昭和三〇年四月分以降の賃料につき、被上告人がその履行の提供も供託もしていないのに、原判決が右賃料債務につき被上告人に履行遅滞の責はなく賃貸借契約の解除の効果を生じないとした判断の違法を主張するのである。
しかし、原判決において適法に確定された事実関係によれば、被上告人は、昭和二四年一二月判示訴外人から本件家屋の賃借権を譲り受け、賃貸人である上告人の承諾を得て、期限昭和二九年五月末日、二回分以上賃料の支払を怠つたときは催告を要しないで賃貸借を解除しうる等の約で右家屋を賃借していたが、右賃貸借は前記期間満了前に法定の更新拒絶の通知がなかつたため更新されたところ、被上告人が右期間満了直後の昭和二九年六月分の賃料を同年七月頃上告人に弁済のため現実に提供したのに対し受領を拒絶され、その後被上告人が翌昭和三〇年四月分以降の賃料の支払をしなかつたため、上告人は右不払を理由に賃貸借解除の意思表示をした、というのである。
而して、債権者が契約そのものの存在を否定する等弁済を受領しない意思が明確と認められる場合には、債務者は言語上の提供をしなくても債務不履行の責に任ずるものでないことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和二九年(オ)第五二二号、同三二年六月五日大法廷判決、民事判例集一一巻六号九一五頁)、前示事実関係によれば、上告人は期間満了による賃貸借の終了を根拠にその存続を否定するものであり、爾後の賃料債務の弁済を受領しない意思が明確と認められる場合に当ることは、これを窺うに難くないところであるから、被上告人において判示賃料の支払はもとよりその言語上の提供をしなくても、被上告人の責に帰すべき履行遅滞はないと解すべきである。したがつて、これと同趣旨の理由により、前示賃貸借解除の意思表示を効力なきものとした原審の判断は正当として是認することができ、論旨は採用することができない。
同第二点について。
所論調停調書に基く賃貸借が終了したとして、本件家屋につき被上告人に対する明渡の強制執行が完了したとしても、被上告人は本訴において、右賃貸借の終了を争い、その現に存続することを主張して賃借権の存在の確認を求めているのであるから、訴の利益の存することは明らかである。論旨は採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)